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勝田竹翁 かつた ちくおう

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美術人名辞典の解説

勝田竹翁

江戸前期の狩野派の画家。別号に貞寛、陽渓、東浜、秋友斎。通称伊之助、後に沖之亟と改める。狩野休白、狩野松栄に学ぶ。徳川家光に仕え幕府の画員となる。花鳥人物を能くし、墨画を好んだ。一説には五百石取りの旗本であったともいわれる。寛永・正保頃(1624~48)の人、生歿年未詳。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

勝田竹翁 かつた-ちくおう

?-? 江戸時代前期の画家。
狩野長信にまなぶ。寛永7年(1630)から将軍徳川家光に御部屋絵師としてつかえ,勝田家がのちに幕府表絵師の一家となる基礎をきずいた。三河(愛知県)出身。名は貞則,貞信,重則。字(あざな)は陽渓。通称は沖之丞。別号に翠竹庵。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

勝田竹翁

生年:生没年不詳
江戸前期の狩野派の画家。字は養渓(陽渓),沖之丞(隠岐之丞)と称した。竹翁のほか,翠竹庵の別号がある。三河国(愛知県)加茂郡生まれ。絵を狩野長信に学び,寛永7(1630)年将軍徳川家光の御部屋絵師となり,のちに勝田家が表絵師の一家となる基礎を築いた。代表作に「調馬図屏風」(個人蔵),「禽鳥図屏風」(ケルン東洋美術館蔵)がある。<参考文献>河野元昭「勝田竹翁唐獅子・牡丹図」(『国華』924号)

(榊原悟)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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