三河/参河(読み)ミカワ

世界大百科事典 第2版の解説

さんか【三河 Sān hé】

中国の前漢時代に河東,河内,河南を総称した地名。河東は南流黄河の東部で今日の山西省南西部,河内は東流黄河が太行山脈の南東角から転じて北流する屈曲部の内側,今日の河南省北部,河南は黄河の南側に当たる河南省中部をさす。古くから開発の進んだ文化地域で,《史記》の貨殖列伝では〈天下の中(ちゆう)〉と称している。都の長安がある西の関中を政治中心とし,これに対して三河を経済中心と考えたのである。【日比野 丈夫】

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

みかわ【三河】

旧国名の一。愛知県中部・東部に相当。三州さんしゆう

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

精選版 日本国語大辞典の解説

みかわ みかは【三河】

東海道一五か国の一国。大化改新のころに一国となる。鎌倉時代は安達・足利氏が守護となり、室町時代は仁木・一色・細川・足利氏などが守護となる。戦国時代には今川・武田・徳川・織田の諸氏が争い、徳川氏が制覇。江戸時代は天領・大名領が入り乱れ、廃藩置県後額田県を経て、明治五年(一八七二)愛知県南部となる。三州。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

世界大百科事典内の三河/参河の言及

【山西[省]】より

…河東郡を除いた6郡の地域を幷州(へいしゆう)に所属させ,後漢になるとその行政中心を太原においたのである。漢代の河東郡は東の河内(かだい)郡,南の河南郡と合わせて三河と呼ばれ,天下の文化・経済の中心であるとともに,西・北方面に向かう交通貿易路の通過地であった。後漢の末には匈奴がしだいに内地に入りこみ,漢民族を圧迫しつつ北部の要地を占拠した。…

【愛知[県]】より

…面積=5150.45km2(全国28位)人口(1995)=686万8336人(全国4位)人口密度(1995)=1334人/km2(全国5位)市町村(1997.4)=31市47町10村県庁所在地=名古屋市(人口=215万2184人)県花=カキツバタ 県木=ハナノキ 県鳥=コノハズク中部地方にあって静岡,長野,岐阜,三重の各県に隣接し,南は伊勢湾,三河湾を経て太平洋に臨む。東西約106km,南北約94kmで,知多・渥美両半島の突出によりカニの甲羅状を呈する。…

※「三河/参河」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

ダイバーシティ

ダイバーシティとは、多様な人材を積極的に活用しようという考え方のこと。 もとは、社会的マイノリティの就業機会拡大を意図して使われることが多かったが、現在は性別や人種の違いに限らず、年齢、性格、学歴、価...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android