日本歴史地名大系 「勤行川」の解説 勤行川ごんぎようがわ 茨城県:下館市勤行川栃木県塩谷(しおや)郡氏家(うじいえ)町から流出し、井沼(いぬま)川・野元(のもと)川・江(え)川などの小河川を合流して栃木県南部から下館市東部を南流し、上川中子(かみかわなご)地区で小貝(こかい)川に流入する。全長六四キロ。上流は五行(ごぎよう)川、下館市域では勤行川とよばれる。下館地方に築城された伊佐(いさ)城・久下田(くげた)城・下館城などは、下館台地東麓を縫うように南流する勤行川を巧みに利用し、防御を固めているが、正保元年(一六四四)下館城の守衛に当たった信濃飯田城主脇坂安元は「下館日記」抄に「廿六日けふ、しろのそともをまはりみ侍る。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報