北中津原村(読み)きたなかつはらむら

日本歴史地名大系 「北中津原村」の解説

北中津原村
きたなかつはらむら

[現在地名]北勢町北中津原

南中津原村の北に位置する。桑名藩領。当村には検地奉行を「京極大夫」と記す文禄検地帳が保存されており、同帳によれば当時の北中津原は高四六六・五四二石、田畑合計三八町一反六畝五歩であった(北勢町風土記)。

文政七年(一八二四)の村明細帳(徳川林政史蔵)には、家数七九、人数三二一(男一八三・女一三八)、牛三〇、馬一。神祠に牛頭(ごず)天王・神宮明神・山之神・社宮神とあり、寺院はないが「仏供米一石南中津原村行願寺迄」と記す。また同一〇年の桑名領郷村案内帳には、村の端に景清跡とよばれる石仏塚があると記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ガラス管球内に入れた高抵抗線に電流を流し,ジュール熱によって高温となり放射する光を利用するもの。抵抗線としてはタングステンが用いられ,その蒸発を防ぐためアルゴンおよび窒素ガスが管内に約 0.7気圧封入...

白熱電球の用語解説を読む