20世紀日本人名事典 「北島浅一」の解説 北島 浅一キタジマ センイチ 大正・昭和期の洋画家 生年明治20(1887)年1月1日 没年昭和23(1948)年9月18日 出生地佐賀県牛津 別名号=朝一 学歴〔年〕東京美術学校西洋画科〔明治45年〕卒 経歴はじめ本郷洋画研究所に学んだ。美校を卒業後大正2年の第7回文展で「濁江の夕」が初入選。その後官展に出品を続け、9年渡欧、11年までパリに滞在、同年サロン・ドートンヌに「踊り場」が入選した。14年第6回帝展に出品の「外出の後」が特選となり、15年無鑑査となった。昭和4年片多徳郎、青山熊治らと第一美術協会を結成したが 片多らの死後退会。「パリーの踊子」「黒衣の婦人」などの代表作がある。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「北島浅一」の解説 北島浅一 きたじま-せんいち 1887-1948 大正-昭和時代の洋画家。明治20年1月1日生まれ。大正2年以来文展入選3回。8年からフランスに滞在し,「踊り場」がサロン-ドートンヌに入選して11年帰国。14年「外出の後」が帝展特選。明快な筆致の人物像で知られる。昭和23年9月18日死去。62歳。佐賀県出身。東京美術学校(現東京芸大)卒。号は朝一。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by