歌舞伎の舞台で,演技を助ける係,およびその係が着ている黒一色の特殊な衣装。俳優の背後から演技に必要な小道具を渡したり,不必要になったものを片付けたりする。後見の一つ。後見には,舞踊や歌舞伎十八番のように,紋付に裃あるいは袴をつけて顔を見せている後見もあるが,歌舞伎狂言の場合はたいてい黒衣である。黒という色は暗闇を意味し,観客からは見えないという約束のもとに存在する。いわば〈影〉の存在である。ただし,雪の場面では白い衣装の〈雪衣(ゆきご)〉,水中・海・川の場面では〈水衣(みずご)〉や〈浪衣(なみご)〉と,黒では目だつので舞台装置にあった保護色の衣装を着る場合もある。黒衣は原則として幹部俳優の門弟や下廻りの役者がつとめる。舞台の袖の幕溜(まくだま)りで若い俳優が修業のため舞台を見学している〈定後見(じようごうけん)〉も黒衣姿でつとめる。このほかにプロンプターの黒衣は,狂言作者がつとめる。
執筆者:渡辺 保
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歌舞伎(かぶき)、文楽(ぶんらく)用語。黒木綿(もめん)の詰め袖(そで)の着物を着て、黒頭巾(ずきん)をかぶって舞台に出て、俳優の演技や劇の進行の介添えをする役の者の称。本来はその衣裳(いしょう)の名称であるが、それを着る役の称にも用いる。黒衣にはその性質上二つの種類がある。一つは、いわゆる「後見(こうけん)」の役で、舞台で演技している俳優を補助し、合引(あいびき)を出して掛けさせたり、衣裳を脱ぐ手伝いや、必要な小道具の手渡し、不要になった小道具の取りかたづけなどをしたりする。これはその俳優の弟子筋の者が勤めることが多い。いま一つは、初日が開いて以後、俳優が台詞(せりふ)を覚え込むまでの間、道具の陰にいて台詞を教えるプロンプターの役で、このほうは狂言方(今日では狂言作者)から出て勤める。黒衣は舞台に出ていても登場人物とはみなさない約束である。なお、雪の場面では白色の衣裳の雪後見、水中の場面では浅葱(あさぎ)色の衣裳の水後見、海中の場面では浪(なみ)模様の衣裳の浪後見がそれぞれ同様の役目を勤める。文楽では、「出遣(でづか)い」の場合にはオモ遣い以外の人形遣い、ツメ人形の遣い手など、出遣いと断らない場合、すべての人形遣いが黒衣を着て勤めるほか、狂言名、場割、太夫(たゆう)、三味線を紹介する口上も黒衣が述べる。文楽の黒衣は衿(えり)を赤い紐(ひも)で留める。
[服部幸雄]
字通「黒」の項目を見る。
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…衣装の着がえその他扮装の手伝い,小道具,合引(あいびき)類の受け渡し,差し金の操作などが役目で,つねに演技中の形の美しさを重んずる歌舞伎の特性の一例である。一般の歌舞伎劇では,目だたないように〈黒衣(くろご)〉と呼ぶ黒木綿の着物と頭巾をつけるので黒衣(または黒ん坊)という語が後見の俗称のように使われるが,舞踊では素顔で黒の紋付・袴を着て勤め,〈歌舞伎十八番〉など様式性のとくに強い演目では〈裃後見(かみしもごうけん)〉といって,鬘と裃をつけた扮装で勤める。後見は舞台に出ていても登場人物と見なさないのが約束であるが,演者に支障が起きたときはただちに代演できる技量のある人が勤める。…
※「黒衣」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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