北巨摩郡(読み)きたこまぐん

日本歴史地名大系 「北巨摩郡」の解説

北巨摩郡
きたこまぐん

面積:六二一・七五平方キロ(境界未定)
須玉すたま町・明野あけの村・高根たかね町・大泉おおいずみ村・長坂ながさか町・小淵沢こぶちさわ町・白州はくしゆう町・武川むかわ村・双葉ふたば

県北西部に位置する。北は八ヶ岳で長野県南佐久みなみさく郡、北西は同県諏訪郡、西は駒ヶ岳などで同県上伊那かみいな郡に接する。郡域は韮崎市により二分され、その南東側に双葉町のみが孤立して存在する。双葉町は北と西は韮崎市、東は中巨摩郡敷島しきしま町、南は同郡竜王りゆうおう町・八田はつた村に接する。北側の五町三村は東は甲府市、南は敷島町・韮崎市、中巨摩郡芦安あしやす村に接する。明治一一年(一八七八)郡区町村編制法により、巨摩郡が北・中・南に分割されて成立。この段階では東は西山梨郡、南は中巨摩郡に接していた。北は八ヶ岳、西は駒ヶ岳など標高三〇〇〇メートルに近い山岳に囲まれ、それらの山から南東へ開ける。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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