日本歴史地名大系 「北新開村」の解説 北新開村きたしんがいむら 福岡県:三池郡高田町北新開村[現在地名]高田町北新開・永治(えいじ)江浦(えのうら)村の南にあり、三池郡に属する。中世に干拓された地域で、肥後阿蘇社(現熊本県一の宮町)領の三池北郡新開の一部。文禄四年(一五九五)の知行方目録では新開村一村で、高一千五三二石余。なお天正一五年六月二五日には蒲池兵庫助(鎮運)に豊臣秀吉から三池郡内二〇〇町が宛行われ(「豊臣秀吉朱印状」蒲池家文書)、居所を「新賀江村」など同郡内四ヵ所のうちに置くよう命じられている(七月一日「浅野弾正少弼書状」同文書)。文禄五年六月二〇日の安東彦右衛門尉宛立花三河守・小野和泉守連署書付(安東家文書)にみえる「新ケ江村」も当地と考えられ、反別と諸済物は田一〇三町五反余(分米七四六石余)・畠四町五反余(分米九石余)・屋敷五町二反余(納銭三七貫三四文)・苧一〇貫五八〇目、定夫二人、夫銭六貫一二〇文となっている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by