北木本村(読み)きたきのもとむら

日本歴史地名大系 「北木本村」の解説

北木本村
きたきのもとむら

[現在地名]八尾市北木の本きたきのもと一―五丁目など

志紀郡に属し、老原おいはら村の西、渋川郡太子堂たいしどう村・植松うえまつ村の南に位置する。了意りようい(平野川)筋にあたり、柏原船一艘があった(「柏原船覚書」松本家文書)。村高は正保郷帳の写とみられる河内国一国村高控帳で二六六石余。以後変化なし。初め幕府領、寛文元年(一六六一)大坂定番渡辺吉綱領となり、以後同氏の武蔵野本藩・和泉大庭寺藩・同伯太藩領として幕末に至る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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