北杉田村(読み)きたすぎたむら

日本歴史地名大系 「北杉田村」の解説

北杉田村
きたすぎたむら

[現在地名]二本松市杉田町(すぎたまち)・岩崎(いわさき)・大平山(おおひらやま)・反田(そりた)・遠西(とおにし)・中江(なかえ)・袋内(ふくろうち)・舟石(ふないし)・舟形石(ふなかたいし)・舟形石山(ふなかたいしやま)・社前(やしろまえ)・石(いし)ノ花(はな)・西池(にしいけ)・片岸(かたぎし)・反返(そつかえり)・新林(しんばやし)・関(せき)・唐谷山(からかいやま)・杉田駄子内(すぎただんごうち)・長者宮(ちようじやみや)・下町(しもちよう)

館野(たての)村の東に位置し、東は阿武隈川を挟み平石(ひらいし)村、南は南杉田村、北は高越(たかこし)村。奥州道中の宿村。天正一四年(一五八六)八月二四日の二ほん松をん所の日記(伊達家文書)によると、畠山氏の旧臣四名に対し新恩・加恩として杉田村のうちの三六在家が宛行われている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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