北条池(読み)ほうじよういけ

日本歴史地名大系 「北条池」の解説

北条池
ほうじよういけ

[現在地名]綾南町萱原・陶

綾(あや)川の中流域の堰留池。千疋(せんびき)から北西流してきた富(とみ)川も当地に流入する。堤高一一メートル、堤長三〇五メートル、満水時には一三二万九〇〇〇立方メートルを貯水。阿野(あや)郡南に所在したが、当池の水掛村々は同郡北であるため北条池と呼称したらしい。池泉合符録には萱原(かやはら)池と載り、これによれば坂出村に高一五六石余、西庄(にしのしよう)村に高八二七石余、江尻(えじり)村に高五三〇石余、林田(はやしだ)村に高一千七五七石余、氏部(うじべ)村に高六二九石余、鴨(かも)村に高八一三石余、神谷(かんだに)村に高三六〇石余、高屋(たかや)村に高六六五石余、青海(おうみ)村(以上、現坂出市)に高一一六石余の水掛りを供給していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む