出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
… 南北朝期の守護所は古市(現,羽曳野市)にあったが(《台覧記幷諸堂仏体数量記》),畠山氏入国当初の守護所は未詳で,のちの1460年(寛正1)に畠山政長の守護所が若江にあったことから推定すれば,若江守護所(現,東大阪市)は南北朝末期にさかのぼるとも考えられる。若江は77年(文明9)まで政長の守護所であったが,同年河内を占拠した西軍の畠山義就は政長を国外へ逃亡させ,新たに高屋城の築造に着手,翌々年に守護所を若江から高屋に移した。1538年(天文7)に畠山在氏が北半国守護として飯盛城(現,四条畷市)に入るまで,高屋は河内の中心地であった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」