コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

江尻 エジリ

5件 の用語解説(江尻の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

えじり【江尻】

静岡県静岡市の地名。もと東海道五十三次の宿駅。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

江尻【えじり】

駿河国庵原(いはら)郡の地名。中世には江尻宿・江尻津とみえ,近世には江尻宿として東海道宿駅であった。現在の静岡県静岡市(旧清水市)の中心部にあたる。《吾妻鏡》文治3年(1187年)7月18日条によると,江尻に渡船があったことが知られる。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

えじり【江尻】

駿河国(静岡県)の宿場町。南北朝時代にはすでに伊勢方面との海上交通に従事する者が存在,1376年(天授2∥永和2)の今川範国の書状によれば,江尻より駿河国内にある鎌倉円覚寺の荘園の年貢が送り出され,江尻は年貢その他物資の集散地であった。1532年(天文1)今川氏輝は江尻に商人宿および諸役を免除し,三度市を認めた。ついで今川義元・氏真は廻船の諸役を免除,江尻を宿場町・湊町として保護した。武田氏の駿河侵入後,巴川の蛇行を利用して外堀とした江尻城が築かれ,城下町が整えられ城主穴山信君(梅雪)は江尻を起点に興津・蒲原を経て甲州に通じる伝馬制を実施,南甲州から駿河の領国経営の中心とした。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本の地名がわかる事典の解説

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

江尻
えじり

静岡市清水(しみず)区南部の地区。もとは静岡県清水市の中心地区の一つ。巴(ともえ)川下流域に位置し、大半が旧浜堤(ひんてい)の地形をなし、緩やかに南に下る。中世、港町(江尻湊(みなと))、宿場町(江尻宿)として発展。戦国大名今川氏支配下に駿府(すんぷ)の外港町。その後武田信玄(しんげん)は江尻城を築造、城下町を形成。近世には東海道の宿場町として発展した。[川崎文昭]
『『清水市郷土研究第三輯 江尻』(1938・清水市)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

江尻の関連キーワード興津蒲原駿府舞阪染め飯田丸沼津袋井藤枝手越宿

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

江尻の関連情報