コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

江尻 エジリ

百科事典マイペディアの解説

江尻【えじり】

駿河国庵原(いはら)郡の地名。中世には江尻宿・江尻津とみえ,近世には江尻宿として東海道宿駅であった。現在の静岡県静岡市(旧清水市)の中心部にあたる。《吾妻鏡》文治3年(1187年)7月18日条によると,江尻に渡船があったことが知られる。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

えじり【江尻】

駿河国(静岡県)の宿場町南北朝時代にはすでに伊勢方面との海上交通に従事する者が存在,1376年(天授2∥永和2)の今川範国の書状によれば,江尻より駿河国内にある鎌倉円覚寺の荘園の年貢が送り出され,江尻は年貢その他物資の集散地であった。1532年(天文1)今川氏輝は江尻に商人宿および諸役を免除し,三度市を認めた。ついで今川義元・氏真は廻船の諸役を免除,江尻を宿場町・湊町として保護した。武田氏の駿河侵入後,巴川の蛇行を利用して外堀とした江尻城が築かれ,城下町が整えられ城主穴山信君(梅雪)は江尻を起点に興津・蒲原を経て甲州に通じる伝馬制を実施,南甲州から駿河の領国経営の中心とした。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

江尻
えじり

静岡市清水(しみず)区南部の地区。もとは静岡県清水市の中心地区の一つ。巴(ともえ)川下流域に位置し、大半が旧浜堤(ひんてい)の地形をなし、緩やかに南に下る。中世、港町(江尻湊(みなと))、宿場町(江尻宿)として発展。戦国大名今川氏支配下に駿府(すんぷ)の外港町。その後武田信玄(しんげん)は江尻城を築造、城下町を形成。近世には東海道の宿場町として発展した。[川崎文昭]
『『清水市郷土研究第三輯 江尻』(1938・清水市)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

江尻の関連キーワード清水(静岡市)スカイラブ計画オンシジウム光軽金属工業越中オワラ節清水次郎長宿村大概帳清水[市]追分羊羹穴山梅雪藤江監物江尻拓己カトレア田中孫七清水銀行山県昌景鍋島直員海道記宮津湾いいえ

今日のキーワード

アウフヘーベン

ヘーゲル弁証法の基本概念の一。あるものを否定しつつも、より高次の統一の段階で生かし保存すること。止揚。揚棄。→アン‐ウント‐フュール‐ジッヒ →弁証法...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

江尻の関連情報