北橘村(読み)きたたちばなむら

日本歴史地名大系 「北橘村」の解説

北橘村
きたたちばなむら

面積:一九・五七平方キロ

赤城山の南西麓、勢多郡の西部に位置し、北は天竜(てんりゆう)川を隔てて赤城(あかぎ)村、南東は富士見(ふじみ)村、南は前橋市、西は利根川を隔てて渋川市・北群馬郡子持(こもち)村。最東端の赤城・富士見との三村境界点(六五〇メートル)を最高点として南西に緩傾斜、南西流する橘・木曾(きそ)・山田・東(ひがし)などの小河川とその支流によって細分された山麓部と、利根川によって形成された狭い河岸段丘部に分れ、山麓末端には火山泥溢流によって形成された橘山(二二八メートル)・愛宕(あたご)山(二八六・三メートル)など一〇の小丘が点在する複雑な地形。最低点は橘山西の水準点(一四四・五メートル)。山麓部には主要地方道大間々(おおまま)―子持線が標高三五〇メートル付近を、同二五〇メートル付近には県道大胡(おおご)―渋川線が南北に貫通、西北端を国鉄上越線・関越自動車道がかすめ、南端の段丘上を国道一七号が坂東(ばんどう)橋を経て渋川市に至る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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