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赤城 あかぎ

6件 の用語解説(赤城の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

赤城
あかぎ

群馬県中部,渋川市北東部の旧村域。赤城山西斜面から利根川中流東岸を占める。 1956年横野村と敷島村が合体して赤城村が発足。 2006年渋川市,伊香保町,小野上村,子持村,北橘村と合体して渋川市となった。

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赤城
あかぎ

旧日本海軍の航空母艦(空母)。1941年12月8日の真珠湾攻撃から,1942年6月ミッドウェー海戦で沈没するまで日本主力機動部隊の旗艦であった。1927年3月に海軍の空母の第2艦として呉工廠で完成。

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デジタル大辞泉プラスの解説

赤城

大日本帝国海軍の航空母艦。天城型巡洋戦艦からの改造空母。1927年3月改造完了。真珠湾攻撃に参加。ミッドウェー海戦にて自沈(1942年)。

出典|小学館
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大辞林 第三版の解説

あかぎ【赤城】

「赤城山」の略。
旧日本海軍の代表的航空母艦。基準排水量36500トン。1942年(昭和17)6月、ミッドウェー海戦で沈没。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

赤城
あかぎ

群馬県中東部、勢多(せた)郡にあった旧村名(赤城村(むら))。現在は渋川(しぶかわ)市の北東部を占める地域。2006年渋川市に合併。旧村域は赤城山の西斜面を占め、西境は利根(とね)川となる。養豚などの畜産、コンニャク栽培を主とする農村で、近年はイチゴ、リンゴなどの観光農園もつくられている。江戸時代、前橋城下と沼田城下を結んだ沼田街道は、JR上越線よりも高位斜面を通り、溝呂木(みぞろぎ)は宿場であった。国道353号が通じ、関越(かんえつ)自動車道赤城インターチェンジがある。上三原田(かみみはらた)の歌舞伎(かぶき)舞台は国の重要有形民俗文化財で、津久田(つくだ)の人形舞台と人形、宮田不動尊の石造不動明王立像(国指定重要文化財)、滝沢石器時代遺跡などの文化財に富む。敷島のキンメイチクは国の天然記念物。[村木定雄]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の赤城の言及

【航空母艦】より


[第1次大戦後]
 戦後,ワシントン条約で戦艦,巡洋艦などの主力艦の保有制限が定められ,主力艦のあるものは建造途中で空母に改造された。日本の赤城(約2万7000トン),加賀(約2万7000トン),アメリカのレキシントンLexington(約3万6000トン),サラトガSaratoga(約3万6000トン)などがそれであるが,空母の実用価値についての評価はまだ低く,主力艦隊の補助的役割しか期待されなかった。しかし航空機の急速な発達につれて,主力艦の洋上決戦に先立って,空母搭載機による遠距離先制攻撃で敵艦隊の戦力減殺を図り,艦隊決戦を有利に導こうとする構想が醸成され,これらの空母は,運用実績をもとに幾多の改造を重ねて,しだいに内容の充実した実用空母となっていった。…

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