北馬場村(読み)きたばんばむら

日本歴史地名大系 「北馬場村」の解説

北馬場村
きたばんばむら

[現在地名]富山市水橋北馬場みずはしきたばんば

白岩しらいわ川右岸に開けた平地で、北は平塚ひらつか村。村名の由来は、戦国期の初め当地の豪族細川宗十郎が馬場をつくったことによるという(水橋町郷土史)正保郷帳では高二九四石余、田方一八町一反余・畑方一町五反余。明暦二年(一六五六)の村御印留では草高三一五石・免四ツ五歩、小物成は鮭役三九匁。嘉永四年(一八五一)まで草高・免に変化はない(「高免定納等手帳」杉木家文書)。所属組は伊勢屋いせや村と同じ。嘉永四年の家数二五・人数九七(男六五・女三二)、耕作馬二(前掲手帳)。安政六年(一八五九)には他国売薬一人・室商売二人・酢醤油商売一人・青染紺屋一人・こんにゃく商売一人・御塩売捌人一人・豆腐商売二人・木挽一人がおり、細川玄礼が医業を営んでいる(「諸商売書上」杉木家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android