南オセチヤ紛争(読み)みなみオセチヤふんそう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「南オセチヤ紛争」の意味・わかりやすい解説

南オセチヤ紛争
みなみオセチヤふんそう

グルジア南オセチヤ自治州分離をめぐる紛争。 18世紀末に帝政ロシアに併合されたペルシア系のオセチヤ人は,スターリン時代に2つに分割され,北オセチヤはロシア,南オセチヤはグルジアにそれぞれ編入された。ソ連崩壊に伴い,1991年,グルジアのガムサフルディア大統領が独立を宣言すると,南オセチヤはロシア連邦内の北オセチヤとの民族的関係が切断されることを恐れ,グルジアから分離しロシアへの編入を求める動きを開始した。これに対しグルジア中央政府は南オセチヤに軍事介入,内戦状態に突入した。南オセチヤに肩入れするロシア軍の動きもからんで紛争は複雑な様相をみせたが,92年ガムサフルディア大統領が失脚するに伴って,グルジアとロシアとの間に和平合意が成立し,事態は沈静化した。

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