南片原町(読み)みなみかたはらちよう

日本歴史地名大系 「南片原町」の解説

南片原町
みなみかたはらちよう

[現在地名]長浜市元浜町もとはまちよう

北国街道の一本西側の南北通りの東側を占める片側町。中央部は東西通りの大手おおて町に属し、二分されている。長浜城下造営の際の大手片原町が北・中・南に三分されて成立。大手南片原町ともいう。朱印地。慶安四年(一六五一)検地帳(川崎文書)によれば、「大手より南」に屋敷地七があげられ、うち明屋敷二、「大手北」に屋敷地八があげられる。元禄八年大洞弁天寄進帳では家数一一(借家六)、男二〇・女一九で、町代が置かれ、傘屋二・馬持がいた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む