コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

北国街道 ほっこくかいどう

6件 の用語解説(北国街道の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

北国街道
ほっこくかいどう

北陸道中山道を結ぶ旧街道。 (1) 新潟県直江津 (上越市) -長野県信濃追分 (軽井沢町) 間で,現在の国道 18号線の一部。途中篠ノ井北国西街道 (善光寺街道) が分岐。江戸幕府は佐渡の金の輸送路として重視し,五街道に次ぐ脇往還の地位にあった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ほっこく‐かいどう〔ホクコクカイダウ〕【北国街道】

北陸街道中山道をつなぐ街道。中山道の信濃追分(おいわけ)から小諸・上田・高田を経て北陸街道の直江津(なおえつ)に至る間で、江戸と佐渡を結ぶ重要な脇街道であった。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

北国街道【ほっこくかいどう】

北国路

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクションの解説

ほっこくかいどう【北国街道】

滋賀の日本酒。酒名は、北陸と京都を結ぶ北国街道沿いで酒造りを続けていることに由来。「翔(かける)」は精米歩合40%で仕込み、袋吊りで搾る純米大吟醸酒。ほかに純米吟醸酒、純米酒、本醸造酒などがある。原料米は玉栄、山田錦など。蔵元の「山路酒造」は天文元年(1532)創業。所在地は長浜市木之本町木之本。

出典|講談社
(C)Kodansha 2010.
本事典は現在流通している、あるいは過去に存在した本格焼酎・泡盛の銘柄を集めたものです。限定品や終売品、蔵元の転廃業などで既になくなった銘柄も含まれていますのでご了承下さい。それぞれの情報は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版の解説

ほっこくかいどう【北国街道】

中山道から信濃追分で分かれ、小諸・長野・高田を経て直江津で北陸街道に合流する街道。
北陸街道 」に同じ。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

北国街道
ほっこくかいどう

本州中央部と新潟および北陸3県を結ぶ北陸道とを連絡する近世の街道で、二つある。一つは浅間山麓(あさまさんろく)の信濃追分(しなのおいわけ)で中山道(なかせんどう)と分かれ、小諸(こもろ)、上田、長野、高田を経て直江津(なおえつ)で北陸道に合流するもの。加賀・高田藩が江戸へ出仕のおり通行したが、江戸幕府の財政をまかなった佐渡の金を江戸へ輸送するのに利用され、五街道に次いで重要視された。また、長野の南方、篠ノ井(しののい)から松本を経て木曽谷(きそだに)の北端、洗馬(せば)で中山道に合流するものを北国西街道(善光寺街道)とよび、善光寺参詣(さんけい)者が多く利用した。
 他の一つは、近江(おうみ)(滋賀県)、美濃(みの)(岐阜県)西部と越前(えちぜん)(福井県)を連絡する街道で、中山道と彦根(ひこね)市街北東の鳥居本(とりいもと)で分かれ、米原(まいはら)、長浜、木之本、栃(とち)ノ木峠を経て今庄(いまじょう)へ通ずる。このうち近江国境の栃ノ木峠までは北国街道、峠を越え越前に入ると北陸道とよんだ。また、関ヶ原で中山道と分かれ、伊吹山麓を通り、木之本で北国街道に合流するものを北国脇(わき)往還とよんだ。[小林寛義]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の北国街道の言及

【街道】より

…奥州・羽州両街道をつなぐ東西に走る街道も多いが,上ノ山から南下して米沢を経て板谷峠を越えて会津に出る米沢街道もある。また久保田から本荘,酒田を通り,鼠ヶ関を越えて越後に入る浜街道は新潟を経て北国街道に連結した。会津から南下する会津西街道は今市で日光道中に結ぶ。…

【佐渡路】より

…その産出量はとくに江戸初期に多く,幕府の重要な財源であったので,大量の金銀輸送,幕府役人等の通行のため重視される街道となった。佐渡路には中山道追分宿から分かれて出雲崎(いずもざき)に出る北国街道,中山道高崎宿から分かれて寺泊(てらどまり)に出る三国街道,奥州道中白河宿で分かれて新潟に出る会津街道の3道があって,出雲崎,寺泊,新潟が渡海場に当てられていた。佐渡御金荷は小木港から出雲崎に海上輸送されたあと北国街道を陸送されたので,北国街道は江戸初期に合宿継や寄馬制など特別な継立体制が確立した。…

【出羽国】より

…日本海に面する出羽地方から太平洋側に出るには,奥羽山脈を越えなければならないが,脇道として山形―仙台の笹谷峠越え,天童―仙台の関山峠越え,新庄―古口への堺田峠越え,角館―盛岡の仙岩峠越えなど,多くの横断道がある。日本海側にはほぼ南北に,奥羽三関の一つとされる念珠ヶ関(ねずがせき)から大山,酒田,秋田と結ぶ北国街道があるが,巡見使街道ともいわれ,危険なところも多いため利用する人は少なかった。
[藩政改革]
 中期以後,各地に商品生産や流通が発達する一方で,藩財政の窮乏が深まり農村の荒廃も進んだ。…

【北国路】より

…中山道の鳥居本宿のはずれより分岐して,米原,長浜を経由し木之本へと北上するコースと,中山道の関ヶ原宿で分岐して,伊吹山麓の藤川,春照(すいじよう)(現,坂田郡伊吹町)さらには小谷(おだに)山麓の伊部(いべ)(現,東浅井郡湖北町)を通って北上するコースがある。ふつう前者を北国街道という。また後者は北国脇往還と称し,加賀の前田家をはじめ北陸の大名が参勤交代に多く用いた。…

【脇街道】より

伊勢路は東海道の四日市から分かれ,神戸より山田までの7宿を経て伊勢神宮に達する街道,伊賀越道中は東海道の関から奈良にいたる街道である。佐渡路は江戸より佐渡にいたる街道で,これには奥州道中の白河から越後の寺泊に出る会津通,中山道の高崎から分かれて三国峠を越えて越後の出雲崎に出る三国街道,中山道追分宿で分かれて出雲崎までいく北国街道,の3道がある。北国路は,中山道の関ヶ原から加賀の立花(またはさらに延長して新潟経由,陸奥の三厩(みんまや)に達する)街道であるが,仙台・松前道は奥州道中の白川より延長して郡山,仙台,盛岡を経て箱館にいたる街道であり,羽州街道は仙台道の桑折(こおり)から山形,新庄,湯沢などを経由して青森湊に達する街道で,秋田道ともいった。…

※「北国街道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

北国街道の関連キーワード中央中里中田中野中山町中根中台中尾ひょうど中町

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

北国街道の関連情報