南福升村(読み)みなみふくますむら

日本歴史地名大系 「南福升村」の解説

南福升村
みなみふくますむら

[現在地名]遊佐町増穂ますほ

鵜沼うぬま村の南西にあり、北は八面やつめ川を境に北福升村。元和八年(一六二二)の酒井氏知行目録では南福升村杉宮分高一〇四石余・大勧進分高九三石余。寛永元年庄内高辻帳には福升杉崎村とあり高二一九石余。享和三年(一八〇三)には家数一二・人数六五。庄内要覧によれば免五ツ七分七厘、家数一〇。承応三年(一六五四)下野沢しものざわ村菅原次右衛門と上楸島かみぐみじま村石川作右衛門は仙北せんぼく(現秋田県)に欠落した農民一七人を連戻し、新田を開かせ福升新田とした(「先祖書」飽海郡誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む