口田路村(読み)くちとうじむら

日本歴史地名大系 「口田路村」の解説

口田路村
くちとうじむら

[現在地名]朝来町田路(とうじ)

羽淵(はぶち)村の南に位置する。集落は円山(まるやま)川の支流田路川の流域に散在し、下流域の口田路、その西方上流域の中田路(なかとうじ)に分れる。西隣の奥田路(おくとうじ)村とともに中世の田道(とうじ)庄の遺称地で、田路は田地とも書いた。寛永一六年(一六三九)の知高帳に村名がみえ、高九二石余。正保(一六四四―四八)頃成立の国絵図には「田地」とある。宝暦七年(一七五七)の但馬国高一紙では高九三石余。山間の地を占めていたが利用できる山林は少なく、奥田路村との間で山論が絶えなかった(小森家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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