古敷谷村(読み)こしきやむら

日本歴史地名大系 「古敷谷村」の解説

古敷谷村
こしきやむら

[現在地名]市原市古敷谷

本郷ほんごう村の南東方にあり、養老ようろう川支流の古敷谷川が南北に流れる。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に村名がみえ、高六〇五石。正保国絵図でも同高であるが、寛文一一年(一六七一)分村した枝郷の小谷田こやだを含むと考えられる。元禄郷帳では高四八八石余。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では高四五七石余で家数二〇八、幕府領と旗本松平領。天保郷帳では高四五八石余。天保一〇年(一八三九)より二九六石余が貝淵藩領となっている(「林忠英領地調」林家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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