養老(読み)ヨウロウ

デジタル大辞泉の解説

よう‐ろう〔ヤウラウ〕【養老】

老人をいたわり世話すること。また、老後を安楽に送ること。

ようろう【養老】[謡曲]

謡曲。脇能物世阿弥作。雄略天皇御代勅使美濃養老の滝へ行くと、霊泉奇瑞(きずい)が現れ、山神が舞をまって祝福する。

ようろう【養老】[年号]

奈良時代、元正天皇の時の年号。717年11月17日~724年2月4日。

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[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクションの解説

ようろう【養老】

山口の日本酒蔵元の「笹川酒造場」は明治40年(1907)創業。現在は廃業。蔵は柳井市大畠にあった。

ようろう【養老】

愛媛の日本酒。原料米は松山三井など。仕込み水は肱(ひじ)川の伏流水。蔵元の「養老酒造」は大正10年(1921)創業。所在地は大洲市肱川町山鳥坂。

ようろう【養老】

山梨の日本酒。大吟醸酒純米酒本醸造酒がある。原料米は美山錦など。仕込み水は笛吹川の伏流水。蔵元の「養老酒造」は慶応元年(1865)創業。所在地は山梨市北。

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世界大百科事典 第2版の解説

ようろう【養老】

能の曲名。脇能物。神物。世阿弥作。前ジテは孝子(ツレ)の老父後ジテは養老の山神。美濃の養老ノ滝の付近に薬の泉がわき出たというので,その検分に勅使(ワキ)が遣わされる。勅使は,泉を発見した若者(ツレ)とその老父(前ジテ)に出会う。若者は親孝行な男で,薪を取っては父母を養っていたが,ある日ふと飲んだ泉の水があまりにさわやかだったので,汲んで帰って父親にすすめたところ,老人は見違えるように元気になった。

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大辞林 第三版の解説

ようろう【養老】

老人を大切にすること。老人をいたわること。敬老。
老後を安らかにおくること。

ようろう【養老】

岐阜県南西部、養老郡の町。養老山地東斜面と揖斐いび川中流の低湿地を占める。養老の滝がある。

ようろう【養老】

能の一。脇能物。世阿弥作。美濃国本巣郡を訪れた勅使に樵夫の親子が、養老の滝の由来と霊泉湧出のことを教える。やがて養老の山神が姿を現し、泰平の御代をたたえて舞う。

ようろう【養老】

年号(717.11.17~724.2.4)。霊亀の後、神亀の前。元正げんしよう天皇の代。

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日本の元号がわかる事典の解説

ようろう【養老】

日本の元号(年号)。奈良時代の717年から724年まで、元正(げんしょう)天皇の代の元号。前元号は霊亀(れいき)。次元号は神亀(じんき)。717年(霊亀3)11月17日改元。元正天皇が美濃国に行幸した際、「養老の滝」醴を瑞祥として改元が行われた(祥瑞改元)。この時、元正天皇は「醴泉(れいせん)は、美泉なり。もって老を養うべし。蓋(けだ)し水の精なればなり。天下に大赦(たいしゃ)して、霊亀三年を改め養老元年と成すべし」との詔(みことのり)を発した。『礼記(らいき)』を出典とする命名。718年(養老2)に藤原不比等(ふひと)らが「養老律令(りつりょう)」を編纂、720年(養老4)には『日本書紀』が完成した。また、この時期にはさかんに開墾が奨励・推進され、723年(養老7)には三世一身(さんぜいっしん)の法が施行されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

養老
ようろう

能の曲目。初番目、脇能(わきのう)物。五流現行曲。世阿弥(ぜあみ)作。美濃(みの)の養老の滝のあたりに霊水が湧(わ)き出たという情報に、検分のため勅使(ワキ、ワキツレ)が派遣される。老人(前シテ)と息子(ツレ)が登場し、孝行の徳か、その薬の水を発見、父親が若返ったことを物語り、水をくんで勅使にも捧(ささ)げて立ち去る。そのうちに天から光輝き音楽聞こえ、花降り下る奇跡のなかに養老の山神(さんじん)(後シテ)が現れ、不老長寿の泉の奇瑞(きずい)と、泰平の御代(みよ)のめでたさを舞う。前シテを現実の老人としたのは脇能物として破格の構成で、本来は親子が中入せず、勅使とともにいるところに、別の役者が山神として現れて祝福を舞ったものであろう。[増田正造]

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