古瀬畑村(読み)こせばたむら

日本歴史地名大系 「古瀬畑村」の解説

古瀬畑村
こせばたむら

[現在地名]夢前町古瀬畑

芦田あしだ村の北、菅生すごう川左岸に位置する。慶長国絵図に「こせ畑村」とみえる。古世畑村とも書き(天和二年「領内明細書上」中根家文書など)、芦田村の枝郷。正保郷帳では芦田村に含まれた。「寛文朱印留」に独立して村名がみえる。天和二年(一六八二)の前掲書上では高一四九石余。元禄郷帳では「古ハ芦田村」と注記され、高一一一石余。宝永年間(一七〇四―一一)の前之庄組高反別帳写(清瀬家文書)では高一四四石余(うち無土百姓弁一石余)、反別は田方六町余・畑方三町六反余、免五ツ六分、家数二九・人数一五八。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む