吉島新開(読み)よしじましんがい

日本歴史地名大系 「吉島新開」の解説

吉島新開
よしじましんがい

[現在地名]中区吉島町・羽衣はごろも町・吉島東よしじまひがし一―二丁目・吉島西よしじまにし一―三丁目

水主町かこまち新開の南に位置し、東は元安もとやす川、西はほん(太田川)の支流たつ川、南は海中に突き出す。もと葭が茂っていた土地であったことからよし島といったが、のち同音の「吉」に替えられた。

寛永年間広島城下絵図では新開の記載がなく、開発の年代は不詳であるが、享保一七年(一七三二)地詰が行われた(知新集)。「芸藩通志」では田畝一三町七反余、高一三六・七七二石とあり、明治三年(一八七〇)の郷村帳(「芸藩志拾遺」所収)では一九〇・五七五石、うち除地〇・四〇五石で約一・四倍弱と伸びている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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