吉志村(読み)きしむら

日本歴史地名大系 「吉志村」の解説

吉志村
きしむら

[現在地名]門司区吉志一―七丁目・吉志新町きししんまち一―二丁目・吉志

大里だいり村の南東にあり、西部より櫛毛くしけ川が流れる。中世は吉志郷などとある。元和八年人畜改帳に吉志村とみえ、高八五三石余で家数四〇、人数一〇三(うち加子三・名子二三・坊主一)、牛一五・馬八、牛屋・馬屋一〇。郷村高帳では高八三七石余、うち新田高一一石余。幕末の各村覚書では本高八二五石余、田五八町九反余・畠一六町八反余、物成二九一石余、竈数二五七・人数三九九、牛五六・馬九、天疫てんえき神社などがある。文久四年(一八六四)の人別改帳(門司郷土叢書)では本百姓九〇軒・男女四二〇、無高百姓四軒・男女二一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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