吉野部村(読み)よしのべむら

日本歴史地名大系 「吉野部村」の解説

吉野部村
よしのべむら

[現在地名]日吉町字四ッ谷(よつや)

大堰(おおい)川支流の田原(たわら)川中流域に位置し、東は大谷(おおたに)村、南から西にかけて殿(との)村、北は海老谷(えびだに)村。村内を若狭街道が通る。「吉野辺」とも記される。園部藩領。

村高は元禄一三年(一七〇〇)丹波国郷帳には一六石余とあるが、天保郷帳には四倍増の六六石余となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む