吐田城跡(読み)はんだじようあと

日本歴史地名大系 「吐田城跡」の解説

吐田城跡
はんだじようあと

[現在地名]御所市大字関屋小字城山

葛城山(九五九・七メートル)東南麓の丘陵頂上に所在。俗称豊田(とよだ)城。興福寺国民吐田(伴田・半田)氏の拠城。本丸を中心に放射状に連郭が残る。

「大和志」に「豊田村城吐田遠長所拠」とみえ、永仁年間(一二九三―九九)には吐田遠景が春日若宮領伴田(はんだ)庄の預所職となり、同氏一族は若宮祭礼には大和武士願主人となり、流鏑馬を演じた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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