吾郷村(読み)あごうむら

日本歴史地名大系 「吾郷村」の解説

吾郷村
あごうむら

[現在地名]邑智町吾郷・みなと

北流していた江川粕淵かすぶち小原おばらで大きく南へ蛇行したのち南西流する沿岸北側地域の村。江川に面した村の中央部は三つの段丘からなっており、村は本郷ほんごう西方にある君谷きみだに川下流域の枝郷湊組に分れる。銀山御囲村に指定されていた。中世佐波さわ郷に含まれる。本郷にある天津あまつ神社蔵の棟札によると、宝徳三年(一四五一)八月二〇日の大風で大破した「佐和郷吾郷霊社」を佐波元連・久連が修復したという。一説に正治元年(一一九九)三善義連が常陸国から下佐波に入部して佐波氏を称したが、天津神社の勢力に押されてしばらくその力は当村に及ばなかったといわれる(邑智町誌)。元禄一〇年(一六九七)石見銀山領村々覚によれば田方二〇二石余・畑方二〇六石余、年貢高は米一二八石余・銀一貫五四八匁、小物成は紙舟役一〇匁・山手役一六四匁など、家数は本家九二・門屋七〇、人数六六〇、真宗覚法かくほう(現浄土真宗本願寺派)と本座大明神(天津神社)がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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