味知郷(読み)みちごう

日本歴史地名大系 「味知郷」の解説

味知郷
みちごう

和名抄」所載の郷。高山寺本に「美乎」、東急本・刊本に「美知」と訓ずる。郷域は、手取川上流の現吉野谷よしのだに村と現尾口おくち村北東部に限定する説(「三州志」「加能郷土辞彙」など)、現鶴来つるぎ町まで含めた手取谷東岸の全域とする説(日本地理志料・大日本地名辞書)に分れる。長寛元年(一一六三)頃に原型が成立したとされる「白山之記」には「加賀国石川郡味智郷有一名山、号白山」とあるので、当郷が白山を水源とする手取川の河谷を郷域に含んでいたことはほぼ確実であるといえよう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の味知郷の言及

【吉野谷[村]】より

…東は富山・岐阜両県に接する。古代から中世にかけて味知(智)(みち)郷と称され,白山登拝路の拠点であった。可耕地に乏しく,近世以来山稼ぎへの依存度が強かったが,近年ではシイタケやナメコなどの増産も図られている。…

※「味知郷」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」