和知野村(読み)わちのむら

日本歴史地名大系 「和知野村」の解説

和知野村
わちのむら

[現在地名]阿南町南条みなみじよう 和知野

和知野川左岸に位置する。北は早稲田わせだ村、東は平久大窪ひらくおおくぼ村、南は長沼松島ながぬままつしま村・福島ふくしま村・向方むかがた(以上現天龍村)、西は和合わごう村・帯川おびかわ村に接する。

「信州伊奈郡郷村鑑」に「天文十辛丑年新野、上田ノ城主、関氏四代目新蔵、此所ニ築城移之、無幾程、同十三辰四月下条時氏ト争剣、逆臣関大隈依ぎやく しん、関新蔵滅亡、家臣十六人打死ス、是より関領三千貫下条押領地ト成」とある関氏最後の居城和知野城(権現城)跡が、和知野川右岸字城山じようやまの地、特立する標高五二〇メートルの険しい山頂にある。対岸に南面する和知野集落を望む。和知野川の河岸より急峻を約一六〇メートル登ると城跡に達する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む