日本歴史地名大系 「唐杉村」の解説 唐杉村からすぎむら 栃木県:黒磯市唐杉村[現在地名]黒磯市唐杉・塩野崎新田(しおのさきしんでん)東は北弥六(きたやろく)村、南は波立(はつたち)村、北は入会原野の大輪地(おおわじ)原。寛永二〇年(一六四三)の両弥六小屋村年貢割付状(室井昭文書)に村名がみえ、同年那須藩領から幕府領となった。奥州街道鍋掛(なべかけ)宿の助郷村で勤高一二三石余(黒磯市誌)。元禄一四年(一七〇一)の村明細帳(室井昭文書)によれば、本田分五九石余は上畑一町六反余・中畑四町五反余・下畑三町六反余、新田分六四石余は上畑一町二反余・中畑三町二反余・下畑七町二反余。家数一〇(うち本百姓八・水呑百姓一・山伏一)・人数五八、神社一。粟・稗・荏・大豆・大根・麦・蕎麦などを作り、飲用水は隣村波立村からもらい水をする。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by