喜与町(読み)きよまち

日本歴史地名大系 「喜与町」の解説

喜与町
きよまち

[現在地名]松山市喜与町一―二丁目・歩行町かちまち一丁目

松山城下町の東部の町。東雲しののめ町・歩行町・杉谷すぎたに町に囲まれた地域内を東西に通る町筋と、その周辺部を含む。東は持田もちだ村に接する。元禄―正徳年間(一六八八―一七一六)と推定される松山秘図(伊予史談会蔵)に家中屋敷が描かれているが、町名の記載がない。元禄年間(一六八八―一七〇四)の記事を載せた「松山町鑑」(同会蔵)の「惣町数七拾壱町」のなかにもこの町名がない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む