喜須村(読み)きすむら

日本歴史地名大系 「喜須村」の解説

喜須村
きすむら

[現在地名]伊万里市木須町きすちよう

伊万里川の河口右岸地域。

治承二年(一一七八)六月二〇日の後白河院庁下文案(東寺百合文書)松浦庄の四至として「限東松浦河東郷堺山  限西木須嶺波多津西崎  限南大瀬杵嶋庄堺  限北海加々良嶋」とあり、「木須」と書かれている。文永六年(一二六九)七月二〇日付の源留譲状案(伊万里文書)には「岐須」とある。

<資料は省略されています>

村域に含まれる辺古島へごじま戸渡島ととしまなどはもと島であったのが干拓され陸繋島になった。もこの二島とともに小字名になっており、須は州で沿岸の地形に付けられた地名である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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