嘉福村(読み)かふくむら

日本歴史地名大系 「嘉福村」の解説

嘉福村
かふくむら

[現在地名]木造町丸山まるやま

屏風山びようぶさん砂丘の東部末端に位置し、丸山まるやま村の北に続く。

元文元年(一七三六)の工藤家由緒書(津軽新田開発者の系譜)によれば、三代目の弥兵衛が正徳四年(一七一四)広須新田普請奉行に任命され「加福村」を開村し、家数八とある。以前には岡野おかの村とよんだともいうが(津軽平野開拓史)、加福村が嘉福村となった時期は確定できない。享保一二年(一七二七)木造新田に属し、山通三六ヵ村の一つで村位は下とある(平山日記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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