四方寺村(読み)しほうじむら

日本歴史地名大系 「四方寺村」の解説

四方寺村
しほうじむら

[現在地名]熊谷市四方寺

幡羅(はら)郡忍(おし)領に所属(風土記稿)。荒川の沖積扇状地北東端に位置し、東は埼玉郡上中条(かみちゆうじよう)村、西は下奈良(しもなら)村。北の上須戸(かみすど)村(現妻沼町)との境に長安寺(ちようあんじ)沼がある。天正一〇年(一五八二)の成田家分限帳に譜代侍として永楽一五貫文の四方寺勘六の名がみえるが、これは当地に居住していた者と考えられる。同一八年九月の伊奈忠次知行書立(長崎県片山家文書)によると、忍城(現行田市)の松平家忠に一万石が宛行われたが、そのなかに「しほう寺村」とみえる。同一九年三月、松平家忠に「須戸・四方寺共ニ」で七七三石余が預けられている(「伊奈忠次忍領預地書立」同文書)。田園簿では田方二〇四石・畑方一二三石、旗本永井(長井)領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む