国司庄(読み)くにしのしよう

日本歴史地名大系 「国司庄」の解説

国司庄
くにしのしよう

可愛えの川東南方の国司を荘域とし、建武三年(一三三六)七月七日付で高助六郎師武に宛てた足利尊氏判物(「閥閲録」所収国司隼人家文書)に「可令早領知安芸国高田郡国司庄之事但上国司之内吉田給十貫除」とあり、この時足利尊氏の執事を務めていた高師泰の子師武に給されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む