国吉田村(読み)くによしだむら

日本歴史地名大系 「国吉田村」の解説

国吉田村
くによしだむら

[現在地名]静岡市国吉田一―六丁目・国吉田・中吉田なかよしだ栗原くりはら

有度山うどさん丘陵北西麓に位置し、西は聖一色ひじりいつしき村・栗原村など。東海道が通る。寛永九年(一六三二)幕府領、宝永二年(一七〇五)一部が旗本桜井領となり幕末に至る(「寛政重修諸家譜」など)。元禄郷帳では高五三〇石余。旧高旧領取調帳では幕府領三二八石余・桜井領一九二石余・桃源とうげん寺領八石余、津島八幡社除地七石余・護国寺除地二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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