国広新村(読み)くにひろしんむら

日本歴史地名大系 「国広新村」の解説

国広新村
くにひろしんむら

[現在地名]城端町国広

東は金戸かねと村、南は千福新せんぶくしん村、西には立野たてのはら丘陵が広がり、経塚野きようづかの村・大西新おおにししん村と接する。村名の由来は国広野を新開したのでつけられた(「加越能御絵図覚書」石川県金沢市立図書館蔵)。出来新村・退転村記申帳によれば延宝六年(一六七八)の成立。文政八年(一八二五)太美組、天保一〇年(一八三九)以降山田組に属した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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