東礪波郡(読み)ひがしとなみぐん

日本歴史地名大系 「東礪波郡」の解説

東礪波郡
ひがしとなみぐん

面積:五三一・五五平方キロ(境界未定)
 福野(ふくの)町・井口(いのくち)村・城端(じようはな)町・上平(かみたいら)村・平(たいら)村・利賀(とが)村・井波(いなみ)町・庄川(しようがわ)町

県南西部に位置し、散居集落が広がる庄川扇状地の平野部と南側の山間地五箇山(ごかやま)を郡域とする。明治二九年(一八九六)礪波郡を東西二郡に分離して東礪波郡が設置された。飛騨山地から北流する庄川が郡の中央部を流れ、扇頂部から二万石(にまんごく)用水など多くの灌漑用水が穀倉地帯の水田を潤す。東部は金剛堂(こんごうどう)山(一六三七・九メートル)から続く丘陵性の山地が続き、婦負(ねい)郡山田(やまだ)村・八尾(やつお)町と接する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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