国府郷(読み)こうごう

日本歴史地名大系 「国府郷」の解説

国府郷
こうごう

永禄一一年(一五六八)二月七日の武田信玄印判状(辻文書)に国府郷とみえ、軍役衆であった辻次郎兵衛尉に免許されており、残りの当郷一三貫四〇〇文の棟別銭が賦課されていた。武田氏の滅亡後、徳川家康と北条氏直が対立するなか、芦田あした小屋(現長野県立科町)をめぐる争奪戦で戦功をあげた市川又兵衛が、天正一〇年(一五八二)九月二三日の徳川家朱印状(譜牒余録)で当郷で一五貫文と夫丸一人を給与されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む