土肥椙山(読み)どいすぎやま

日本歴史地名大系 「土肥椙山」の解説

土肥椙山
どいすぎやま

「吾妻鏡」によれば、治承四年(一一八〇)八月二三日の石橋山合戦で敗北した源頼朝は、大庭景親らの追撃を受けて「逃椙山之中」、翌日も「椙山内堀口辺」に陣取り大庭軍と戦い敗退、箱根権現へ逃れた。その後二八日に土肥真名鶴まなづる(現真鶴町)より乗船して安房に至るまでの間を椙山山中に潜伏する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

昆虫綱半翅目(はんしもく)同翅亜目セミ科Cicadidaeの昆虫。体長は雄32~39ミリメートル、雌23~28ミリメートル。体は黒色で、茶色や緑色の斑紋(はんもん)がある。雄の腹部は大きく、空洞で、発...

ヒグラシの用語解説を読む