土肥椙山(読み)どいすぎやま

日本歴史地名大系 「土肥椙山」の解説

土肥椙山
どいすぎやま

「吾妻鏡」によれば、治承四年(一一八〇)八月二三日の石橋山合戦で敗北した源頼朝は、大庭景親らの追撃を受けて「逃椙山之中」、翌日も「椙山内堀口辺」に陣取り大庭軍と戦い敗退、箱根権現へ逃れた。その後二八日に土肥真名鶴まなづる(現真鶴町)より乗船して安房に至るまでの間を椙山山中に潜伏する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

地表近くで見られる蜃気楼(しんきろう)現象の一種。晩春から夏にかけて、よく晴れた日に熱せられた道路のアスファルト面を遠くから視線を低くして見ると、水たまりがあるように見えることがある。これは地面付近の...

逃げ水の用語解説を読む