足柄下郡(読み)あしがらしもぐん

日本歴史地名大系 「足柄下郡」の解説

足柄下郡
あしがらしもぐん

面積:一四一・七一平方キロ
箱根はこね町・湯河原ゆがわら町・真鶴まなづる

神奈川県の西南部を占め、東は足柄平野、北・西・南は箱根外輪山、南東は相模湾に囲まれている。北部には芦ノ湖を水源とするはや川、南部には箱根外輪山系藤木ふじき山から出る藤木川(千歳川)などが流れ、東は小田原市、南・西は静岡県、北は南足柄みなみあしがら市と接する。箱根山中を旧箱根七湯沿いに国道一号が走り、湯本ゆもとより須雲すくも川沿いに新設された箱根新道が箱根峠で国道一号と接続する。海岸線を真鶴から湯河原にかけて国道一三五号が走る。湯河原・真鶴は相模湾の潮流によって気候温暖で、箱根山間部との寒暖の差が激しい。わが国有数の地震地帯であると同時に温泉の湧出地帯でもある。箱根町は全域が富士箱根伊豆国立公園に含まれる。なお昭和一五年(一九四〇)小田原市の成立まで同市の大半が当郡に属した。

〔原始・古代〕

箱根町芦之湯の朝日あしのゆのあさひ丘陵、湯河原町海老えび山から先土器時代の遺物が若干発見されている。縄文時代の遺物は箱根町たいら仙石原せんごくはら、真鶴町釈迦堂しやかどう山、湯河原町鍛冶屋広崎かじやひろさき山などに発見され、弥生時代の遺物は、箱根町仙石原、湯河原町しろ山などで発見されている。古墳時代の遺跡は真鶴町に若干存在するが、調査が遅れているため詳細は不明。

天平七年(七三五)の相模国封戸租交易帳(正倉院文書)光明皇后の食封として「足下郡垂水郷五拾戸 田壱伯漆拾弐町参段伯肆拾歩」とあり、同一九年の法隆寺伽藍縁起并流記資財帳には「相模国足下郡倭戸郷五十戸」とみえる。また「万葉集」には天平勝宝七年(七五五)に遣わされた防人足下郡上丁丹比部国人の歌が載せられている。「和名抄」によれば、郡下に高田たかだ和戸やまとへ飯田いいだ垂水たるみ・足柄・駅家うまやの六郷があった。「筥根山縁起序」をはじめとする箱根権現関係史料には西富にしとみ郡という郡名がみえるが、この地方の別称と思われる。なお「万葉集」には郡下の地名として、筥根はこね土肥どいなどがみえる。

この地方では古くから山岳信仰が盛んであり、その中心は天平宝字元年(七五七)山岳修行僧万巻(満願)によって建立されたといわれる箱根三所権現であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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