地蔵堂通夜物語(読み)じぞうどうつやものがたり

日本大百科全書(ニッポニカ) 「地蔵堂通夜物語」の意味・わかりやすい解説

地蔵堂通夜物語
じぞうどうつやものがたり

江戸前期の義民佐倉惣五郎(そうごろう)についての代表的実録文芸。下総(しもうさ)国佐倉(千葉県佐倉市)の勝胤(しょういん)寺の地蔵堂で旅の六部が庵主(あんしゅ)および惣五郎夫婦の霊から、一件の話を聞くという形式をとっている。多数の写本が伝えられているが、それらはすべて近世後期以降のものである。ただ1920年代には元禄(げんろく)3年(1690)の写本があったというから、この物語の最初の成立は1680年代ごろであり、その後幾段階かの書き換え・書き加えがあって、現存諸本に成長したものとみられる。通夜物語形式をとらない『堀田(ほった)騒動記』『佐倉騒動記』などとよばれる一系列の諸本は、これから派生したものであろう。幕末にはそれらをもとにした歌舞伎(かぶき)『東山桜荘子(ひがしやまさくらそうし)』が江戸で上演されて大当りをとり、あるいはくどきなどの叙事民謡となって全国に広まり、惣五郎伝説が国民的なものとなった。

[林 基]

『大野政治著『地蔵堂通夜物語』(1978・崙書房)』『横山十四男著『義民伝承の研究』(1985・三一書房)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の地蔵堂通夜物語の言及

【佐倉惣五郎】より

…その無実の罪の内容は不明確であるが,後の堀田氏がある程度信じたことは事実である。それが《地蔵堂通夜物語》などの小説によって肉付けされ,さらに1851年(嘉永4)には《東山桜荘子(ひがしやまさくらそうし)》という戯曲になって江戸中村座で上演され,堀田氏の苛斂誅求と惣五郎の直訴,処刑,祟が筋として定着した。幕末には農民一揆の鼓吹のために利用され,明治になると自由民権運動の先駆者とされるなど,社会史的意義はきわめて大きい。…

※「地蔵堂通夜物語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

部分連合

与野党が協議して、政策ごとに野党が特定の法案成立などで協力すること。パーシャル連合。[補説]閣僚は出さないが与党としてふるまう閣外協力より、与党への協力度は低い。...

部分連合の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android