坂上明胤(読み)さかのうえ あきたね

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「坂上明胤」の解説

坂上明胤 さかのうえ-あきたね

?-? 鎌倉時代の官吏
明法家(みょうぼうか)。嘉禎(かてい)4年(1238)父のあと播磨(はりま)(兵庫県)巨智(こち),近江(おうみ)(滋賀県)天福寺の地頭職(しき)などをつぐ。仁治(にんじ)2年遺産をめぐって姉とあらそい,鎌倉浜地は姉の,旗・鎧(よろい)は明胤の相続が裁許された。通称左兵衛尉

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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