坂丸村(読み)さかまるむら

日本歴史地名大系 「坂丸村」の解説

坂丸村
さかまるむら

[現在地名]羽島市正木町坂丸まさきちようさかまる

もり村の南に位置する大浦おおうら輪中内の村。美濃路が通る。年未詳六月八日の下間頼龍奉本願寺御印書(円覚寺文書)地名がみえる。慶長郷帳に村名がみえ、高七三七石余。元和二年(一六一六)の村高領知改帳では美濃国奉行岡田善同領・旗本中川忠勝領の相給。正保郷帳では田方一〇一石余・畑方九五石余、うち一三三石余は加納藩領、六四石余は旗本中川長三郎領。元禄郷帳でも同じ相給。寛政七年(一七九五)の村明細帳によると高二二三石余、うち一三六石余と新田分の一〇石余が幕府領、七五石余が旗本中川領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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