県の南西部に位置し、東に木曾川、西に長良川が流れ、当市南端で両川が合流する。北には木曾川の古流路
市域は近世初期まで北部は尾張国葉栗郡、中・南部は同中島郡に属していたが、天正一四年(一五八六)の木曾川大洪水後、同川の主流路が境川筋からほぼ現在の流路に変わり、それに伴って木曾川西岸の当地は美濃国に編入された。すなわち、かつての尾張国葉栗郡地域は美濃国
水害の常襲地帯であったため、古墳時代までの遺跡は皆無に近い。わずかに
中島郡は和銅二年(七〇九)一〇月二五日の弘福寺田畠流記帳(円満寺文書)に「仲嶋郡」とみえ、天平六年(七三四)の尾張国正税帳(正倉院文書)には郡名とともに中嶋連東人の名がみえ、在地勢力の存在をうかがわせる。「和名抄」東急本国郡部に「奈加之万」の訓があり、高山寺本では
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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