坊沢村(読み)ぼうざわむら

日本歴史地名大系 「坊沢村」の解説

坊沢村
ぼうざわむら

[現在地名]鷹巣町坊沢

鷹巣盆地の北西部に位置し、南を米代川が西流。羽州街道に沿う宿。寛永六年(一六二九)村内の伊勢堂から出土した鰐口に「応永廿三年丙申九月廿三日」とあったという(秋田風土記)。天文年間(一五三二―五五)の浅利則頼侍分限帳(佐藤文書)に「知行五百刈 房沢村住 長崎尾張」とある。慶長二年(一五九七)の浅利頼平領内村数覚書(秋田家文書)には「はうさわ村 田少畠 家十五、六」とある。同六年当村の一部は「御代官所 卅六石四斗 坊沢村」として秋田実季の蔵入地となった(「秋田実季侍分限」秋田家文書)

享保一五年(一七三〇)に房沢を坊沢と改める(坊沢佐藤文書)。「六郡郡邑記」にみえる枝郷は、蟹沢かにさわ一一軒、栩館くるみだて六軒、成田なりた三軒、大野尻おおのじり九軒、大向おおむかい六軒、三屋みつや三軒、三九郎台さんくろうだい五軒の七ヶ村。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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