矢立峠(読み)ヤタテトウゲ

デジタル大辞泉 「矢立峠」の意味・読み・例文・類語

やたて‐とうげ〔‐たうげ〕【矢立峠】

青森・秋田両県の県境にある峠。標高258メートル。白神山地の東端に位置し、青森県側に流れる平川と秋田県側に流れる下内川との分水嶺になっている。

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日本歴史地名大系 「矢立峠」の解説

矢立峠
やたてとうげ

碇ヶ関村と秋田県大館おおだて市大字長走ながはしり陣馬じんばとの境にあり、標高二五八メートル。米代よねしろ川支流の下内しもない川とひら川の分水嶺である。国道七号が通り、峠の下を奥羽本線が矢立トンネルで抜ける。

江戸時代の羽州街道は現在の国道七号より西を通っていた。開通は中世前期とする説もある。「津軽歴代記類」によれば、天正一四年(一五八六)九月「公上方へ御進発の前方先ヅ、手始に羽州を御手に入らせられん為、堺目たるにより、矢立峠の山中を切開き」とある。


矢立峠
やだてとうげ

現在の秋田・青森の県境、標高二五八メートルで現在国道七号が通ずる。江戸期は羽州街道が通じていたが、開通は中世前期か。元和四年(一六一八)一〇月五日、梅津政景秋田藩を代表して矢立峠の境界決定について、津軽使節と現地で立会いのうえ調査を実施した(梅津政景日記)

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改訂新版 世界大百科事典 「矢立峠」の意味・わかりやすい解説

矢立峠 (やたてとうげ)

秋田県大館市と青森県平川市の境にある羽州街道(国道7号線)の峠。標高258m。米代川支流下内川と,岩木川支流平川の分水界で,付近一帯は秋田杉の美林である。下内川先端の沢目に矢立温泉(赤湯),日景温泉,平川上流には相乗(あいのり)温泉,湯ノ沢温泉がある。峠は羽州街道の難所で,吉田松陰はそのようすを《東北遊日記》に記している。1821年(文政4)南部藩士相馬大作らが参勤の津軽藩主を襲おうとした事件の舞台ともなった。現在は峠の西を奥羽本線矢立トンネルが通る。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「矢立峠」の意味・わかりやすい解説

矢立峠
やたてとうげ

青森県平川市(ひらかわし)と秋田県大館市(おおだてし)の県境にある峠。標高258メートル。国道7号(羽州街道)がこの峠を越え、北西方を奥羽本線が矢立トンネルで抜けている。江戸時代は弘前(ひろさき)・秋田両藩の藩境で、青森県側の峠下には碇ヶ関番所(いかりがせきばんしょ)が置かれた。当時の街道は現在の国道の西寄りにあり、1821年(文政4)檜山騒動(ひやまそうどう)の主謀者相馬大作(そうまだいさく)(下斗米秀之進(しもとまいひでのしん))が参勤交代帰途の弘前藩主津軽寧親(やすちか)を襲ったのは峠付近であったという。峠一帯は杉の美林で知られ、また青森県側に相乗(あいのり)、湯の沢、秋田県側に矢立、日景(ひかげ)の各温泉がある。

横山 弘]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「矢立峠」の意味・わかりやすい解説

矢立峠
やたてとうげ

宮崎県南部,鰐塚山地中部にある峠。標高 680m。宮崎市三股町日南市の境界の鰐塚山山頂の南方約 3.5kmにある。広渡川の谷と,都城盆地大淀川支流の沖水川の谷とを結ぶ昔からの重要な交通路。日南市と都城市を結ぶ県道が通る。

矢立峠
やたてとうげ

青森・秋田両県の県境にある峠。標高 258m。羽州街道 (国道7号線) が越え,JR奥羽本線はこの峠の下を通過する。峠の北方に碇ヶ関,南に陣場などの集落がある。近くに湯ノ沢,日景,矢立などの温泉がある。

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百科事典マイペディア 「矢立峠」の意味・わかりやすい解説

矢立峠【やたてとうげ】

青森・秋田県境上の羽州街道(国道7号線)の峠。標高258m,奥羽本線がトンネルで通じる。能代川の支流下内川と岩木川の支流平川の分水界。1586年開かれたと伝え,《梅津政景日記》《東遊雑記》などにみえる。秋田側の下内沢(しもないざわ)国有林は杉の美林で知られ,周辺に相乗,湯ノ沢,日景,矢立など温泉が多い。

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