城安寺村(読み)じようあんじむら

日本歴史地名大系 「城安寺村」の解説

城安寺村
じようあんじむら

[現在地名]秦荘町常安寺じようあんじ

竹原谷たけはらだに村の北西に位置し、西は円城寺えんじようじ村。史料上は常安寺とも。承安じようあん寺が地内にあり、村名の由来となる。天正一九年(一五九一)五月の愛知郡蔵入目録(芦浦観音寺文書)に「あひこの郷」の小物成として承安寺村内の山と、位置不明だが「ミんぶ山」の山手米として高一石五斗がみえる。慶長五年(一六〇〇)彦根藩領となり、慶長高辻帳に城安寺村二七三石余とある。元禄八年大洞弁天寄進帳に常安寺村とみえ、男九四・女八二、寺社方男一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む